越川橋梁

斜里町の発掘・考古関係

 斜里町の考古関係の情報は斜里町埋蔵文化財センターのサイトへ。

知床のアイヌ地名

 北海道の地名の多くは、もとからあったアイヌ語地名に由来しています。しかし、開拓が進み、移住者が増加したことで新しい地名や呼び方ができ、その意味は忘れられつつあります。また地域によっては、古くからのアイヌ語地名はしだいに姿を消してしまいました。

 そのなかで、知床半島には、まだ多くのアイヌ語地名が残されており、実際に人々の生活のなかで使われています。代表的なものをいくつか紹介しましょう。もっと詳しく知りたいという方は、

 をご覧ください。

表.知床で現在使われている代表的な地名とその意味
現在の地名もとのアイヌ語地名意味
知床(しれとこ)シレトク<sir.etok>大地の・行きづまり
カムイワッカカムイワッカ<kamuy.wakka>神(魔)の・水
宇登呂(うとろ)ウトルチクシ<uturu.chi.kus.i>その間を・我々が・通る・所
斜里(しゃり)シャリ<sari>アシ原
羅臼岳(らうすだけ)チャチャヌプリ<chacha.nupur>老いた・山
斜里岳(しゃりだけ)オンネヌプリ<onne.nupuri>老大な・山
幌別川(ほろべつがわ)ポロペッ<poro.pet>親の・川
フレペの滝フレペ<hure.pe>赤い・水
タンネウシタンネニウシ<tanne.ni.us.i>長い・木の・群生している所
ガッタンコカタムコトー<katamko.to>湿地の上にある・沼

参考文献

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斜里町の文化財

 斜里町内の文化財は、北海道指定文化財2件、斜里町指定文化財9件、登録文化財1件があります(天然記念物を除く)。

 北海道指定文化財である斜里朱円周提墓の出土遺物および斜里町指定文化財の旧斜里神社拝殿、絵馬、歌枕額は知床博物館で常設展示しています。

 また、文化4年(1807)斜里地方の沿岸防衛を命ぜられた津軽藩士100余名が厳しい越冬期間中に浮腫病にかかり次々と死亡し、翌年帰郷したのはわずかに17名という「津軽藩士の殉難事件」に関連した文化財が6件指定されています。禅龍寺保管の「津軽藩士死没者の過去帳」を除き、町民公園など博物館周辺で公開されています。もっと詳しく知りたいという方は以下の博物館の出版物などをご覧下さい。

北海道指定文化財(史跡)

斜里町指定文化財

登録有形文化財(文化庁)

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斜里町の鉄道

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